【開運・掃除】「努力・成功」は嘘!自動的に幸福になるほうが簡単!

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掃除系コンサルタントや家政婦に依頼するのは無駄です。雑巾一枚だって貯金が出来ます。
お手伝いさんに掃除を頼むより、自分で雑巾一枚で掃除し、それを捨てた方が確実に早いです。雑巾一枚の値段はたかが知れています。数十円程度でしょう。汚れてきたタオルでも代用できます。



 
 










「自分の部屋じゃ開運出来ない!掃除を教えてもらって開運したい!」の他力本願では叶うものも叶いません。自分で動いた方が絶対に安いです。コンサル料もかからないですし、そもそも掃除は誰でも出来ますから。自分の夢・目標以外のものを思い切ってスパッと捨ててしまった方が最速で掃除が完了します(笑)





「収入(貯金)が増えたら・・・」ではなく、収入(貯金)が増える前から実行に移すだけで、余分に使っていた分を節約出来ます。


成功者は特別な掃除法を独占しているわけではありません。単純に、不要なモノ(物・思考)が嫌いなんです。この一点に尽きると思います。




住環境を変えることも開運に繋がる?


狭い部屋はちょっとしたことで汚れが目立ってきます。頻繁に掃除しなければならないでしょう。人生の中で掃除する時間を差し引くと、夢に向かう時間は少なくなります。見た目がボロアパートだと、「こんなに安そうな場所にしか住めない能力」だと自分自身で無意識に根拠を持ち、また他人からも、口には出せませんが同じような判断をしていくでしょう。



豪華なマンションは家賃が高いですが、そのグレードが自信となりますし他人からの潜在的な評価が高まります。豪華なエントランスがあれば、その入り口自体が厄除けのような役割を果たすでしょう。


更に防犯・防災の強固な設備があれば、その部屋に投資した分が自分の利益に繋がってきます。高い家賃を払っても「相殺」されたと思えば苦にはなりません。



家賃代や敷金礼金・駐車場代等のことを考えると、なかなか豪華なマンションやタワーマンションには手が出せませんが、将来的なことを考えたらどちらが良いかは明白です。






他人が「成功」へ押し上げてくれる可能性を考える。




また、「成功」は自分一人で完結することが出来ません。他人からの評価がどうしても必要になってきます。高い部屋、高い家に住んでいれば周りが自然に「成功者」としての視線を送ります。実際に本人が成功しているかどうかに関係なく。


対して安いアパートに住んでいればそのような視線を送ることは無いでしょう。同じ安アパートの近隣住民から「この人は成功者なんだろうな」と思われることは難しいです。



こういった考え方は非常識かも知れませんが、他人からの評価を使い、無駄な努力を行わず、向こうから勝手に「成功」や「幸福」が寄ってくるような生き方も面白いと思います。


借金してでも高級マンションに今すぐ引っ越そう!という話では無いですけれども、環境を変えてみるのは大きな一歩に繋がることは誰にでもわかるはずです。




「他人からの評価」は自信に繋がる。


もし自分が「高級マンションを見つめる立場」だったら、「こんなカッコイイ場所に住める人はお金も能力も運もあるんだろうな~」と考えます。考えずにはいられません(笑)こんな場所に住んでみたい!と思うのはごく自然な感情です。



ちょっとした評価が自分にとって自信または根拠に繋がります。その人自身が本当に能力や貯金や運があるかどうかは関係ありません。成功者の条件はそういったものでは無いと思います。




つまり、「努力」を捨てよう!


私達は今まで「努力論」に振り回されていたのではないでしょうか?自己啓発本を何十冊も読んでも成功した人を見たことがありません。「たくさんの自己啓発本を読んで成功しました~」と発表する人はいまだかつていません(笑)


「努力」とは本当に必要なものなのでしょうか?しかし、人よりも何倍も努力したからこそ大きな成功を成し遂げた人も多数いるでしょう。例えば、アスリートは毎日厳しいトレーニングと練習を欠かさず行い、人よりも多く節制していることは間違いありません。では本当の「努力」の定義・意味とは何なのでしょうか。




真の「努力」の定義とは?


私達がこれまで信じてきた「努力論」は苦痛・膨大な時間がかかっています。しかもその効果はすぐにあらわれるとは限りません。まずこれがおかしいと思います。1年に1000万円以上の純利益を出す為に、毎年1000万円の広告宣伝費をかけたようなもので、差し引きゼロのようなものです。1000万円払って利益が出れば良いですが、「努力論」は100%の成功を保証しません。


膨大な苦痛を伴っても100%成功するとは限らない物を「努力論」として信じていいのでしょうか?これは本当に自分にとって「得」になる成功なのでしょうか?「努力論」で成功したら今までの苦痛や時間は計算に入らなくなりますか?これでは「あの時の苦痛はなんだったんだ~!」と思えてしまいます。




正しい「試行錯誤」が出来る人こそ成功する。


努力の真の定義、それは単純な「試行錯誤」のことだと思います。もっと速く、もっと安く、あるいは最短で、その近道を当てることを言うのではないでしょうか。


逃げだしたくなる時もありますが、その絶え間ない試行錯誤こそが成功への一番の近道ではないかと感じます。この道は失敗、あの道は失敗・・・と理解出来れば、成功への道は自然と繋がってきます。「努力論」は超絶感動エピソードや美談でも何でもないと思います。



私達は思考することが出来る生き物です。間違い(失敗)を繰り返したとしても、正解(成功)への道を開くための試行錯誤をすることができます。いかに素早く、簡単に、楽にそのドアを見つけられるかが本当の思考法なのではないでしょうか。









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